『散歩の達人』の取材で荻窪の三龍亭へ取材にうかがった時のこと。
少し早めに到着したので、周辺を散策していたら見つけたお店。
たたずまいとしては、かなりの歴史を感じる。
行っておかなければとずっと思っていたのだが、
本日やっと行くことができた。
「三益」さん。
歴史のある店舗だが、暖簾は新しい。
13時過ぎに入店。先客ひとり。
カウンターにテーブル席がある。
カウンターに座って、ラーメンを注文。
ほどなく、先客は会計。
常連客らしい。
「この前借りた傘だけど、返そうと思って持ってきたけど、また降りそうだから、借りてくね」
とビニール傘を店主に見せて帰っていく。
店主はけっこうなお年のようだ。
驚きの価格。ラーメンは350円。
それにしてもけっこう気になるメニューがあるなぁ。
サッポロラーメンとかね。これ、味噌ラーメンのことかな。
カレーライス、カツ丼なんかも気になる。
カレーライスが500円でカツカレーが600円。
カツの代金は、100円。
野菜炒めライス500円もコスパいいねぇ。
なんて思ってメニューを眺めていると、
ラーメンが提供される。
スープは見た目ほど濃くはない。
なんだろう、美味しいのだけれど、独特の味わい。
初めて体験する独特な味。
と、店主がカウンターを出て、入口まで行き、外を眺めていた。
「雨、降ってきました?」
と聞いてみた。さっき、駅から店までくる間、ポツポツト雨粒が落ちはじめていたからだ。
店主は、「いやいや」と言いながら、
カウンターの中に戻り、
「きょうは降らないよ。これは84年の天気予報さ」
とおっしゃる。
「天気予報じゃ、お昼に雷が鳴ると言ってたけど、それがないから、きょうは降らないね」
とのことだ。84年というのは、年齢のことかと訊けば、そうだという。
「あと半年で特攻にいくっていうときに終戦になったんだよ」
と、予科練生だったと言う。
終戦後、昭和26年にラーメン店の修行を始めたのだそうだ。
昭和43年、今の場所に店を開いたのだとか。
以前、荻窪に住んでいたんだけれど、この店のことは知らなかったと正直に申し上げ、数週間前に見かけて、これはいい店だと、思い、やっときました、みたいなことを言うと、少し嬉しそう。
20年前に奥さんを亡くして以来、ひとりでお店をやっているのだそうだ。
「このラーメン、安くておいしいですね」とお世辞抜きで言うと、
「うちはほら、麺は自分のところで作ってるから安くできるんだよ」とおっしゃる。
「あれですね」店の奥の古い製麺機を指さすと、頷くおやじさん。
「だんなは、いくつ?」
店主は終始僕のことを「だんな」と呼んだ。
「56です」と答えると「若いよ、ウチの息子なんか61だよ」とのこと。
「でもね、おいしいかどうかを決めるのは、お客さんだから。よくテレビなんかでウチのラーメンはおいしいって、店主が言ってるのあるだろ、ありゃダメだよ」
ダメですかぁ。
「テレビもね、くるんだよ。この前も女の人がきてさ、テレビにでてくれっていうんだけど、オレはそういうのいやなんだ」とキッパリ。
出ればいいじゃないですか、と言うと
「ダメだよ。そりゃ、いっときは客がくるかもしれないけど、ひとりでやってるしね、さばききれないよ」
とのこと。
前に、テレビか雑誌に出て、そういう思いをしたのか聞けば、
「ない、一度もないよ。全部断ってるんだから」とのこと。
そういえば、なんで三益なんですか、と聞いてみる。
「だんな、いいこと聞いてくれたね。本名がね」と店内に貼ってある調理師免許を指出す。
「信三だから、そこから、お客さんの利益、自分の店の利益、その2つがあって、さらに店が榮えるようにってつけたんだよ」とのこと。
それにしても、こんなところにこんな旨いラーメンが、
こんな安い価格であったなんて、驚きましたよ、
雑誌にでも載っていれば、早く見つけられたのに。
そんなことを言うと、ご主人は
「本当に旨い店なんて、好みがあるんだから、自分の足で探さなくちゃダメなんだよ。だって、あんたもそうやってうちにきたんだろ」と言う。あ、なるほど、そういうことか。
もったいないので、スープは全部いただいた。泣けてくるおいしさだ。
金を払う。本当に350円だった。
早めにもう一度こなくちゃ行けない店だ。
店を出たら、すっかり晴れていた。そして、その後も雨は降らなかった。
84年の天気予報はあたったね。