酢豚探偵の町中華備忘録 豊島区東長崎の巻

3月16日(水)西武池袋線「東長崎駅」改札前に正午集合
探検者/北尾トロ、下関マグロ、半澤則吉、竜超


竜超です。今回は「豊島区・東長崎駅周辺」という、かれこれ18年位も入り浸っているお馴染みエリアの探検なのであった。一時期は毎週末に自転車で乗り付け、格安八百屋で買い出しした1週間分の野菜を「前カゴ&荷台&リュック」に詰め込んで帰っていたこともある。我ながら「戦後の買い出し」のようなアリサマだと思うが、いや、物価がすごく安いのよ。ウチのそば(新宿駅周辺)の半値近いものもあったりして。とはいえ、真夏にスイカを背負いながら帰ったときには「何やっとんだオレは」と思わないこともなかったが。

東長崎に来た時は決まって「せきざわ食堂」という超名店に立ち寄っていた。ボクの場合、そこでのオーダーの65%が「カツカレー」、30%が「ワンコイン定食」(おかず2品+ご飯+味噌汁で500円)。残り5%が「その時の気分」であったが、どれも安くて美味かった(中でもカツカレーは下手なカレー専門店では勝てない絶品!)。じつはその正面には「キッチン長崎」という洋食屋があって、そっちもリーズナブルな良心店なのだが、せきざわとの相対効果によって「高い」という印象を受けてしまい、まだいっぺんも入ったことがない。今度入ってみよう。

せきざわ食堂は『孤独のグルメ』のドラマ版に登場したこともある店なのだが、残念ながら2014年に43年の歴史に幕を下ろしてしまった。店内に飾ってあった「藤田まこと&ぼんちおさむ」のサイン色紙(おそらくは『はぐれ刑事純情派』の撮影中のものと思われ)はどうなったんだろうか、と少し気になったりして。あと、駅近くの踏切そばには老夫婦の経営する古本屋もあったのだが、こちらもご主人が亡くなってしまったせいで閉店してしまった。行きつけの店が減っていくのは悲しいなぁ・・・。

それはサテオキ探検である。今回は自宅からさほど離れた場所でもないので、プラプラと歩いて行くことに。途中、中野駅近くで「スナック」のような「喫茶店」のような「レストラン」のような謎の店があった。年季の入ったショーケースには「ビフテキ」「おにぎり」などと一緒に「餃子」もあるので、これは「洋風町中華」なんだろうか。うーん、奥が深すぎる・・・。

東長崎に着いて待ち合わせ場所の改札前に向かっていたら、背後から「竜さん」と呼ぶ声が。振り向くと半澤隊員であった。仕事のせいでこの2回ばかり欠席していたので「あれ? 除隊したんじゃなかったっけ」と毎度恒例のイヤガラセを言っておく。っていうか、こんなマネばっかしていたら、いつか刺されるかも知れんなワシ。

改札前で待っていると、トロ隊長、マグロ隊員が到着。で、まずはせきざわ食堂のあった「北口」から歩き始める。路地に入ったら「ニャー」と呼び声が。見ると、可愛いネコが我々を呼んでいた。どっかの店で飼われてる客引きの招き猫であろうか。「いっしょに探検、行く?」と訊いたら「いかにゃー」とそっぽを向かれた。

せっかくだからと、ネコを撮ろうとしたら、いち早く撮り始めていたネコ好きのおじさんもいた。

東長崎はじつは半澤隊員も8年間住んでいた場所で、しかも「東京生活の起点」だったらしい。なので懐かしみながら馴染みの店を回っていると、トロ隊長から「いつまでも未練がましい!」と一喝。お、鬼じゃ・・・。

踏切を渡って南口に移る。ボクが入る店は最初から決まっている。「スター漫画家たちの梁山泊」として知られる伝説のアパート「トキワ荘」のすぐそばにあり、藤子不二雄の自伝『まんが道』にも頻繁に登場する「松葉」である。じつは松葉の前は何百回も通っているクセして、入店はまだ一度もしたことがないのだ。

松葉に入る前に、「トキワ荘モニュメント」のある公園に立ち寄る。ボクは例のごとく「トキワ荘公園」と勝手に呼んでいたが、正確には「南長崎花咲公園」と言うそうな。

モニュメントには、トキワ荘ゆかりの作家たちのプレートがはめられている。我々もいつか「町中華探検隊モニュメント」を建てて、それぞれのプレートをはめ込もう。ボクのには酢豚のイラスト入りで。

モニュメント上部には、在りし日のトキワ荘をかたどったフィギュアが。ていうか、ボクが最初に住んだ荻窪のアパートもこんな感じだった。週末には4畳半の部屋に6~7人くらい集まってワイワイやっていたが、トキワ荘と決定的に違うのは「誰ひとり出世していない」ところである。

さて、いよいよ松葉だよ。マグロ・半澤組は別の店に行くということで、こちらにはトロ&竜で入ることに。「竜さんと2人だけの時って、イイ店に当たらないってジンクスがあるんだよなぁ・・・」と、うっすらディスられながら松葉に初入店するボク。

店に入ってまず目に入るのは、入り口正面の天井近くにビッシリ貼られたサイン色紙の数々。漫画家のものが多いが、やはりこの店を「聖地」と見る者は多いようだ。

ふと見れば、「チューダーあります」の張り紙も。チューダーとは『まんが道』ファンなら誰でも知ってる、トキワ荘名物の「焼酎のサイダー割り」のこと。仲間たちのリーダーであるテラさん(寺田ヒロオ)がよく作っていた。前々から思っていたのだが、『レポ』をトキワ荘とするなら、テラさんにあたるのは間違いなくトロ隊長である。いっそ「北尾テラ」と改名しても誰も文句は言わないだろう。ていうか北尾テラにするべきだ。

ボクは当初、足塚茂道(『まんが道』における藤子不二雄)が「ンマーイ!」と言っていたラーメンを食べて、自分でも「ンマーイ!」と言うつもりだった。ところがメニューを見ていたら、こんなものがあるじゃないの!

ないだろうと思い込んでいた「酢豚定食」があったので、ラーメンは中止し、それを頼む。テラ隊長・・・もといトロ隊長は「トキワ荘ラーメンライス」を注文。炭水化物をおかずに炭水化物を食らうとは、なかなかのチャレンジャーである。

ラーメンライスは早く来た。昭和期の給食を思わせるアルミのお盆の上にラーメン、ライス、漬物・・・ではなくてポテトサラダがのっている。ポテサラは珍しいなぁ。

厨房を切り盛りしているのはおばさん一人である。そのため酢豚のような手のかかる料理には時間がかかる。悪かったかなぁ・・・とか思っていたら、来たよ、来ました。やはりアルミ盆の上にのっている。酢豚、ライス、わかめスープ、ポテサラといった布陣である。よく見ると酢豚の皿が、中目黒でみみこ隊員が頼んだ「水餃子」の皿と同じだ。へー。

酢豚は「ソフト肉×ハード野菜」というパターンだ。「硬軟の法則」はちゃんと守られている。味付けは・・・甘酢酢豚としては「上」の部類。このところ「甘すぎる」ものに当たることが多かったので嬉しいね。あと、肉がたっぷりなのも肉族としては高ポイント。

食べ終わって外へ。マグロ・半澤組のいる店の前で待っていると、ほどなく2人が出てきた。詳細は彼らのリポートで知っていただくとして、「ちゃんぽんが美味かったですよ」というマグロ隊員の言葉にトロ隊長の目が輝く。ちゃんぽんにこだわりのあるトロ隊長としては、その店には近々立ち寄らざるを得ないようだ。かくいうボクも「この辺で酢豚なら珍珍亭ですよ」とマグロ隊員に言われてしまったので、また来なくちゃ。

油流しは、駅近くの「オリーブ」という昭和感あふれる喫茶店。おばちゃん客などで満員ぽかったので一瞬よそを当たろうかと思ったが、1つだけ空いているボックス席があったのでそこへ陣取る。隣のテーブルではノートPCで仕事をしている男性がひとり。

メニューを見ると、この店はパフェ類が充実していた。いろいろ迷った末、「キウイパフェ」をオーダー。

次回の探検場所だとか『散歩の達人』だとか立東舎の単行本のことだとかを喋っていたら、隣の男性が不意に立ち上がり、「・・・あの、すみません、北尾トロさんでしょうか」と。一瞬にして緊迫感に包まれる一同。

男性が「おのれ北尾! ここで会ったが百年目! 天誅~ッ!!」とか言いながら刃物を振りかざしてきたら、いや、もちろんボクは両者の間に割って入り、身を挺して守るつもりでしたよ。しかし、「北尾死すとも町中華は死せず・・・」と言い残すトロ隊長の姿を見たい気もちょっとはあって、どうするべきか少し迷った。だが、そんなボクの苦悩をよそに、男性は「トロさんのファンなんですよ」と。な~んだ、そっちのパターンね。

謎の男性は「きじまりゅうた」という料理研究家であった。トロ隊長の読者で、このブログも読んでいたという。我々の話を聞いていて、「ひょっとしてこのグループは・・・」と思ったのだそうだ。まぁ、「平日の昼間から中華中華言ってる中年&初老の集まり」なんて、東京でも多分ボクらだけだろうから、そりゃ分かるよね。

町中華探検隊には料理を「食らうプロ」ならいるが、「作るプロ」はいなかったので、入隊を勧めてみようかと思ったが、しかし「グルメ側の人」を、「グルメの対極」にある町中華というジャンル(町中華探検とは「味」ではなく、「味以外の魅力」を探って記録する行為なのだ)に誘うのは失礼かと思い、言葉を呑みこむ。

ところがマグロ隊員がいともアッサリ「町中華探検隊に入りませんか」と言いやがった。「あぁ・・・なんて畏れ多いことを・・・」とボクは目をつむり、「オレをなめんなよ! 天誅~ッ!!」とドタマをかち割られるマグロ隊員の姿を脳裏に描いて震えたが、意外やきじまさんは「えっ! いいんですか!?」とノリノリだ。「親子三代料理研究家」という美食界のサラブレッドが、我々のようなヨゴレ集団に「自分なんかが入れていただいてもいいんですか・・・」と恐縮しながら言っている様は「おかずクラブにペコペコしてる藤原紀香」みたいで、なんか倒錯的で面白いのであった。

それ以上に面白いのは「人の縁」である。
もしも先週、ボクが「次回は東長崎でどうでしょう」と提案しなければ・・・
もしも「油流しをオリーブで」とマグロ隊員が言わなければ・・・
もしもオリーブで席が空いてなかったら・・・
もしも「たまたま空いていた席」があそこでなかったら・・・
きじまさんがボクらに接触してくることはなかったのだ。実際、トロ隊長も「他に席が空いてたら、きじまさんの横には座らなかったよ。仕事してる人の横で騒いだりしたら悪いから」と言っていたし。

きじまさん・・・いやもう「きじま隊員」だな、彼と再会を約して別れたが、「その場のノリで入隊したけれども、実際に活動する気はナシ」みたいなパターンもあり得るかな・・・という不安がないわけではなかった。けれども、それは杞憂だった。きじま隊員は「隊員名簿」にもその夜のうちに書き込んでくれ、入隊の儀式も一通り終えたのであった。

いや~、こういうドラマティックな入隊劇は初めてでホント面白いなぁ。あまりにドラマティックすぎて「ウソだろ」とか言われるかも知れない。同じパターンがエスカレートしていくと、目黒駅そばのホリプロ近くでの油流し中に和田アキ子が「ウチも入るわ」とか言ってきそうだ。その場合、和田隊員のサポートは半澤隊員に任せよう・・・って、あまりにもこういうことばっか言ってると、そのうち彼から「竜! テメエ、いつもいつもバカにしやがって! 天誅~ッ!!」とか言われちゃうから控えましょう。

ABOUT ME
竜超
1964年、静岡県生まれ。『薔薇族』二代目編集長。1994年よりゲイマガジン各誌に小説を発表。2003年より『月刊Badi』(テラ出版)にてコラムを連載。著書に『オトコに恋するオトコたち』(立東舎)『消える「新宿二丁目」――異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?』、『虹色の貧困――L・G・B・Tサバイバル! レインボーカラーでは塗りつぶせない「飢え」と「渇き」』(共に彩流社)がある。