MCTの末席を頂戴して以来、どこを歩いても町中華らしき店に目が向くようになった。
そして気がついたこと。
自宅周辺に、ずいぶんと町中華が多いのである。
私が住む、亀有と綾瀬の間のエリアでは、「町中華が絶滅の危機」というMCTの共通認識が揺らぐほど、現役の町中華がそこらじゅうにある。
思えば付近には、銭湯もまだまだ複数残っている。
もしかしてこのあたりは、時間の流れがゆるやかな、貴重な文化保護区なのではないか?
しかも、この地域に40年以上住む義母に聞くと、かつてはさらに数多くの店があちこちにあったそうだ。
調べてみると、亀有を含めた葛飾地域は、戦災で都心を焼け出されてきた人が多く移り住んだ土地という。
また高度成長期には、北関東や東北から出てきた人も多かったようだ。
いずれも若く、単身または小家族の労働者世帯であり、飲食店がはやった。
なるほど、町中華が栄えた他のエリアと同じような条件がそろっていたわけだ。
特に、亀有駅の少し西の五叉路か、大谷田橋まで抜ける名もない区道(最近、「葛西用水桜通り」なる愛称がつけられたが)沿いには、文字通り軒を連ねるように飲食店が並んでいたという。
というわけで、まずはご近所町中華を制覇してみようと思う。
一店目は、「清華飯店」。
店構えといい、メニューといい、どこに出しても恥ずかしくない、手本のような町中華だった。
店に入ると、客はいない。
カウンターで新聞を読んでいたご主人と目が合う。
ややコワモテで、思わず腰が引ける。
「えーっと……やってます?」
「はいはい」
やにわに立ち上がり、厨房に入るご主人。
席につき、店内を見回す。
店の柱にあわせてテーブルを切るという、リフォームの匠ばりの大胆な発想が光る。
メニューを見る。
わけのわからない料理が多数。
もちろん、カツ丼もカレーもある。ザッツ町中華。
その中から、「中華ランチ」を選んでみた。
自分の信条として、「その店の名物料理を食べる」というものがあるからだ。
さらに、“揚げ卵”というナゾの料理が添えられていることも興味を引いた。
スマホを見るふりをしてご主人の様子をうかがう。
どうやら揚げ物は作り置きではなく、いちいち揚げてくれるようだ。
しかし、昼時に客が俺ひとりって、ちょっとやばくないか?
ふと見ると、おかもちが小物入れになっている。
出前の注文もないってこと?
数分して、出てきたのがこれ。
ライスがチキンライスなどと同じような型になっているのが、うれしいインパクトだ。
たぶんカレーなんかもこうして提供されるんだね。
このセンス、まさに町中華!
そして期待の揚げ卵は……ゆで卵を丸ごと揚げただけだった(^-^;)。
だがお味のほうが、これがなかなかなのだ。
うま煮はメシと合わせて食べるとちょうどいい味加減だし、
なんといっても一口カツが、(肉が薄いのもあるが)サクサクとうまいのだ。
もちろんこちらの味付けも絶妙。
あっという間に完食である。
ボリュームもまずまず。これで890円は悪くない。
お勘定に立つと、おかみさんが聞いてきた。
「おいしかった?」
「ええ。とくにカツとうま煮が。僕一人のために揚げ物させちゃってすみません」
「いいのよ。うちはいつも揚げたてが自慢なの」
コワモテに見えたご主人も、明るく口を挟んできた。
「中華ランチは、ランチって名前だけど、人気あるから夜の飲み時間にも出してるんだよ」
なるほど、夜もやってるのか。もかしたらそちらが主な収入になっているのかも。
「こちらのお店はもう長いことやってるんですか?」
「俺が2歳のころからだから、もう50年くらいになるね」
「この人のお父さんが開いたの」
「むかしはもっといっぱい店があったんだよ。それこそ、この道の左右は、食べ物屋だらけだった。今はだいぶ減っちゃったけどね」
働き盛りの2代目が守る町中華。
少なくともあと10年くらいは、続いてくれそうだ。
でももし心配な人がいたら、3代目を継いでみるのはどうでしょう。
かわいいJKの娘さんがいたので、その婿として。