中華丸長@下北沢

今回のターゲットは、およそ町中華とは縁のなさそうな「下北沢」である。
その予想は的中していて、駅周辺ではこれといった店が見つからない。
わずかにあってもメディアによく登場する店で、いまいち食指が動かなかったりしてね。
良い店を探してさまよう隊員たちの顔には、いつしか疲れの色が見え始めた。
街歩き
だが、大丈夫! 幸い、ぼくはここ10年以上、仕事で下北沢を頻繁に訪れている男なのだ
あ、申し遅れましたが、今回は町中華探検隊初参加の竜超(りゅう・すすむ)がお伝えしてます
じつはこの下北沢探検は、ぼくの入隊テストを兼ねていたのだ。
だから、ガイドブックに登場しない奥座敷エリアお気に入り店を仕込んでいったのだが、いや~役に立ってホントに良かった。
丸超
そこは「中華丸長」といい、見るからに観光客向けではない、地元の人相手の店だ
だからランチタイムのテーブル席は近隣で働く人々で埋まっていたが、そのおかげで座敷席に初めて上がることができた。
品評会やカメラ撮りを行なう我々にとって、個室を使わせてもらえるのは非常にありがたい。
今回は男ばかり総勢5名の探検なので、ボリューミーな料理をあれこれ頼める。
まずは瓶ビールで喉を湿らせてから「ギョウザ」「ラーメン」「冷やし中華」「チャーシューメン」「ワンタン」「ヤキソバ」等々の王道メニュー、そして「オムライス」「カツカレー」といったTHE町中華メニューを次々とオーダーしていった。
結果、広めのテーブル2卓があっという間に料理で埋まり、ちょっとしたパーティーの様相を呈した。
働き盛りの男5人が平日の正午過ぎからビールなんぞ飲んでいるのだから、限りなく背徳的な宴ではあるのだが…。
宴
ヤキソバに箸をつけた瞬間、「…ん?」と北尾隊長が首を傾げた。
…え、ひょっとしたらマズかった? とドキドキしていると、隊長はこう言ったのだった。
「…なんていうか、今までに食べたことのない味だね」
なんだそりゃ? と思いつつ、ぼくもヤキソバに箸をつけた。
「…あ」
何と言ったらいいんだろう、ソース味であれ塩味であれ、ヤキソバというメニューの味には「とがった部分」があるじゃないか。
しかし、ここのヤキソバにはそれがなく、全体がまろやかなのだ。
確かに他ではない味だ。でも美味い。モグモグ…。
ヤキソバ
初老と中年が大半とはいえ、やはり男5人の胃袋はすごい。
背徳の宴のメニューはあっという間に片付いていった。
ぼくはまだ腹七分目だったが、他のメンバーは満腹げな様子だったので、それに合わせて〆るつもりだった。
だが、そこに下関隊員の悪魔のささやきが…。
「竜さん、もっと食べたかったら追加してもいいんですよ」
冗談発言だったのかもしれないが、こう言われて引き下がっては男がすたる。
「あ、じゃあ、レバニラをいただきます」と言うと、下関隊員はニヤッと笑いながら「もちろん定食ですよね?」
…げっ、定食! こっちは単品のつもりだったのに…。
しかし、もはや後には引きさがれない。
「…あ、はい、もちろんじゃないですか」
ぼくは胃液の分泌を急速に高かめながら、うなずいたのだった。
定食
数分後、テーブルの上ではレバニラ定食が湯気を立てていた。
しかし、この店はヤキソバだけでなく、レバニラも普通のものと違うぞ。
ニラとモヤシの炒め物の上に、明らかに別調理をされたレバーがのせられているのだ。
食べてみるとカラッと揚げられた感じで香ばしく、生臭みもないのでレバー嫌いでも食べられそうだ。
レバニラが美味い店というのはじつは少なかったりする。
最悪なのはモヤシから出た水気をレバーが吸い込み、べチャッとしているパターンである。
だから、店で頼むのを躊躇することが多く、この店でも一度も頼んでいなかったのだ。
このレバニラは他のメンバーにも大好評で、さっきまでぼくに「まだ食うのかよオメー」といった目を向けていた北尾隊長も美味い、美味いと箸をつけていた。
今回はノリ半分で頼んでみたが、それが最大のヒットになったのだから世の中って面白い。
最後にひょこっと出てきて絶賛されるなんて、まさに真打の風格だね。
ニラレバ
丸長がすっかり気に入った様子の北尾隊長は、店の親父さんとアレコレ話し込んでいた。
その結果、この店が戦後中華界の中核をになうグループの一員だということが判った。
半沢隊員は、そのグループの全容を解明していくことを今後の課題のひとつとするそうだ
さらに、隊長の箸を止めさせたヤキソバの味の秘密も分かった。
親父さんは化学調味料を使わず、毎朝6時からダシをとっているのだという。
そうか、それを使っているからああいう優しい味なんだね。
隊長が正式な取材のお願いをしたところ、親父さんは快諾してくれた。
しかし、高齢のご夫妻だけで切り回しているお店のため、「大勢に来られると手が回らなくなっちゃうから、あんまり派手に宣伝はしないでね」と笑った
ウインドウ
私事で恐縮だが、丸長を紹介した功績と胃袋の強さが評価され(?)、ぼくの入隊はぶじに認められた。
今後の担当は「定食」である。
元からぼくは町中華ではほぼ例外なく定食を食らっていたので、これはもう願ったりかなったりである。
とりあえず当面の課題は、丸長の定食を全制覇することかしらん。

中華丸長(チュウカ マルチョウ)
東京都世田谷区代沢5-6-1

文:竜 超

ABOUT ME
竜超
1964年、静岡県生まれ。『薔薇族』二代目編集長。1994年よりゲイマガジン各誌に小説を発表。2003年より『月刊Badi』(テラ出版)にてコラムを連載。著書に『オトコに恋するオトコたち』(立東舎)『消える「新宿二丁目」――異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?』、『虹色の貧困――L・G・B・Tサバイバル! レインボーカラーでは塗りつぶせない「飢え」と「渇き」』(共に彩流社)がある。