神保町には「いもや」という極めて美味かつ手頃な値段のてんぷら屋があり、その近くに何やら年季の入ったラーメン屋があることは、何となく覚えていた。
それが「さぶちゃん」であった。
5月17日、小雨の振る中、大田隊員と2人で入った。
席はカウンターのみで6席ほど。寿司屋のカウンター並みに作り手と客の距離が近い。
すでに3人の客が入っており、黙々とハシを動かしている。
半チャンラーメンを注文。値段は650円だったかな。
「半分チャーハン&ラーメン」を略して「半チャンラーメン」なのだが、略語にするとなぜか余計美味しそうに聞こえるのは不思議だ。
スープは巨大な寸胴鍋で豚骨等で取っているらしく、思いのほか本格的。
カウンター越しに鍋をのぞきながらメモを取り、ふと顔を上げると初老の店主と目がバチっと合ってしまった。
ギロリ、というものすごい目力。仁王立ち。誤解を恐れずにいうなら、大型犬と目が合ったときの感覚に近い。
(怒られる!)
何メモなんか取ってんだよ、と言われそうな気配を感じ、急いでメモ帳をしまった。すべて暗記するしかない。
店主は見たところ70代半ばぐらいだろうか。かなり高齢と見え、手足の動きは緩慢で、時折小刻みに震えている。メンソールのケントを頻繁に吸っており、かなりのヘビースモーカーだ。
店の奥から、ヤセ気味の初老男性(60代後半ぐらい)が現れた。一人でやっているわけではないのだ。しかしこういう時、出てくるのはおばちゃんではないのか。それにしてもこの二人、長年連れ添った夫婦のような空気感を醸している。ヤセ気味の方は「ほら早くしないさいよ」などとブツブツ小言を言っており、古女房のような立ち位置だ。
茹で上がった麺を湯切りしていたが、「チャッチャッ」という小気味の良い音は一切立たず、ほぼ無音で網を軽く揺するのみ。ダラリとラーメン丼に投入された。
具はチャーシューとメンマのみ。茶一色。
味については、語るつもりはない。
続いてチャーハンも登場。
こちらも、味については細かく語るつもりはない。
ともかく、全般的に味は濃いめであった。
一緒に来た大田隊員は黙々と食い続けており、食べ終わると
「お先に」と一言残して去っていった。
入店から退店までの間、客席全体で聞かれた唯一の会話だった。
私もテキパキと口の中に運び、お会計。
あいにく5000円札しかなかったので、
「すみません、5000円大丈夫ですか?」
と店主に尋ねたが、耳が遠いのだろうか、ウンともダメとも言わず、こちらをじっと見つめて右手をヌッと突き出してきた。
大丈夫なのだろうと判断し、5000円札を手渡す。
お釣りの4000円を先に受け取り、残りは小銭。
「えーと、ロッピャクナナヒャクハッピャク、、サンビャクゴジューヨンヒャクゴジュー…」
どういう計算方法なのかよくわからないが、店主は口元でボソボソと数字をつぶやきながら、頭に手をやった。計算に異様に時間がかかっている。
と、女房役のやせ気味男性が「もう何やってんのよ、350円でしょ!」と不機嫌そうにダメ出しをする。
お釣りを受け取り店外へ。
本当は「この店、何年ぐらいやってるんですか?」「お店の名前は由来とかあるんですか?」など、一言でもいいから会話を交わしたかったのだが、とてもではないがそんな雰囲気ではない。店主に声を掛けることは、特段の事情がない限りマナー違反という空気が漂っているのだ。
外へ出ると、なぜか空気が美味しく感じられた。
サクラカフェで皆と合流。マグロ氏によると、「あれは劇場型中華」とのこと。
外観、内装、店主、そのすべてを劇場のように楽しむんだとか。メシはその中の小道具の一つでしかないらしい。なるほど、発想の転換だ。そう考えると、あの店の良さが際立つように思えた。
それにしても気になるのは、厨房に立つ二人の関係だ。
「お二人は付き合っているんですか!?」
直球勝負で真正面から聞いてみたい気もするが、それは野暮なのかもしれない。謎多き店として記憶しておこう。
…と思ったが、こういう時代だ、やっぱりいつかフツーに聞いてみたい。いつかね。