竜超の肉中華巡礼・特別編~いつか必ず日は沈む~大久保「日の出中華」への鎮魂歌

竜超です。今回は特別編として、「我が家から最も近い町中華」にして探検隊内にもファンの多い人気店、JR大久保駅すぐの「日の出中華(以下、日の出)」の閉店を悼みます。

ボクが日の出に初めて行ったのは、たぶん1996年のこと。東京・町田市に本拠を置く古本屋「高原書店」が経営する「新宿古書センター」(ビルの4フロア全てが古本というマニア垂涎の大規模店舗!)というのが当時おなじ通りにあって、そこを訪れた際にたまたま発見したのであった。
日の出の第一印象は「うっわ~、なんとまた古風な定食屋だろうか」であった。じつはボクは町中華探検隊に入るまで、あそこを「中華屋」とは認識していなかったのだ。

日の出はとにかくメニューが多く、しかも割安。盛りと肉使いが良くて安いメニューにあたると、一口も食べてないのに「うまい!」と言ってしまうようなボクが、そこを気に入らないはずがない。
こうして日の出は、同時期に行き始めた豊島区東長崎の名店「せきざわ食堂」(カツカレーが超絶品だったが、惜しくも2014年に閉店)と並ぶ「竜超御用達食堂」となったのだ。

1999年に、徒歩3分程度の近所に引っ越してきてからは、日の出へ通う頻度は急速に増した。多いと、週に4日くらい通ったときもあっただろうか。
一番通ったのは、2005年に復刊した『薔薇族』(マグロ隊員にも連載をお願いした)のスーパーバイザーを引き受けた時。夜9時過ぎ頃に駅に降り立つと、もう考えることもなく、まっすぐ日の出に向かった。

ほとんどいつも頼んでいたのは「とり唐揚げ定食」(550円)。日の出のとり唐定については8月19日発売の単行本『町中華とはなんだ』(立東舎)に詳しいので割愛するが、こいつのコスパはかなりのものであった(「あった」と過去系にせにゃならんのが悲しい)。

ずいぶん前に一度、初めて入ったらしい客がコスパに感動し、「これ、出前してもらえるんですか」と訊いているのを見た。それに対して「出前できるけど、それだと割増し料金になっちゃうの。だから、食べに来るほうが良いと思うよ」と、女将さん(ボクは「おばちゃん」と呼んでいた)。そりゃそうだよなぁ・・・と納得したのがまるで先週のことのような。

日の出のすぐ近くには「タバック」というアニメの録音スタジオ(東映動画/東映アニメーション作品が主だが、「エヴァンゲリオン」などもここだった)があって、アフレコ帰りの声優が寄ることもあったようだ。
なかでもおばちゃんとマブだったのが「ONE PIECE」の主演・田中真弓で、キャスト陣を引き連れてよく来店していたらしい。壁にはメニュー短冊と並んで出演者のサイン色紙が大量に貼られていて、ソコツ者なら料理名と間違えて「田中真弓、大盛りで」とオーダーしそうな勢いだった。

おばちゃんは田中を「真弓ちゃん」と呼んでおり、サインが欲しい客から色紙を預かってもいたようだ。「ルフィ炒飯」と名付けた料理もあって、メニュー表には海賊王(田中)と町中華王(おばちゃん)のツーショット写真が添えられていた。
じつはタバックも昨年、ビルの老朽化のせいでスタジオが閉鎖された。これで「ONE PIECEファンの聖地」というブランドも消えてしまい、ちょっとは売り上げにも影響するのかな・・・と思っていたのだが、まさか翌年にこんなことになろうとは・・・。

インフルエンザで数日間寝込んだ後、消耗しきった体力を取り戻すべく向かったのも日の出であった。
それほど身近な店だったので、正直「いつまでもある」ような錯覚に陥っていたのかも知れない。
だからトロ隊長から「日の出の大将が倒れたらしい」と聞いた時も半信半疑だったのだが、店に行くと確かに日の出は「休業中」だった。

その後も、ちょくちょく様子見には行っていたのだが、6月21日、御茶ノ水アタックの後で前を通ってみたところ・・・

がび~~~~ん!!!!!

久々に電気のついた店内では、不動産業者らしき男性らが店内の計測か何かをしていた。
しかしこの店、簡単には借り手がつかないような気もする。あまりにも長く営業していたので、他者を寄せ付けない「気」というか「磁場」みたいなものが醸成されていて、どんな店が入ってもしっくりこない気がするのだ。
とはいえ、それは愛着がありすぎる者の思い込みかもしれない。原宿だって、すでに同潤会アパートがあったことが忘れかけられているしなぁ。

ボクは日の出には、最後の最後まで「単なる近所の常連」でいたかった。だから、「町中華探検隊員として入店すまいぞ」と思っていたのだが・・・ちょっと魔がさして、今度の本でたっぷり書いてしまった。
単なる偶然だろうとは思うのだが、出版のタイミングで日の出が消えてしまうのは「誓いを破ったことへの天罰ではないか?」という気もしないではない。

日の出が休業した際、ボクは「日の出なき大久保駅南口は、天照大神がいなくなった高天原のようだ」とツイートしたが、よもやそのまま闇に閉ざされてしまうとは・・・。

間もなく本式な夏が来る。この夏からはもう、あの洋服ダンスみたいなクーラーから発せられる暴力的なまでの冷気にあたることができないかと思うと淋しい限りである。

日はいつか必ず沈む。それは百も承知しているけれども。

▼こちらは本日(6月23日)の様子▼

まだ撤去作業とかは行われていないが、休業の告知と貸店舗の札が並んでいるところが物悲しい・・・。

ABOUT ME
竜超
1964年、静岡県生まれ。『薔薇族』二代目編集長。1994年よりゲイマガジン各誌に小説を発表。2003年より『月刊Badi』(テラ出版)にてコラムを連載。著書に『オトコに恋するオトコたち』(立東舎)『消える「新宿二丁目」――異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?』、『虹色の貧困――L・G・B・Tサバイバル! レインボーカラーでは塗りつぶせない「飢え」と「渇き」』(共に彩流社)がある。