MCT@小岩 かっぱ

町中華は劇場だ。
食い物屋ではあるけれど、エンターテイメントでもある。
今回は、スタートからそれを感じた。

増山&半澤
なぜか小岩駅。なぜ小岩なのかもわからぬまま、増山、半澤、マグロが合流。

総武線で浅草橋も両国も錦糸町も通り過ぎ、新小岩さえも通り過ぎ、小岩だ。

意味なく迷走のMCT。今回の趣向は半澤、マグロの推薦する店を見て回るというもの。

半澤隊員は友人がかつて小岩に住んでいて、週一くらいできていたそうで、
その頃、通った店があるとのこと。

「さあ、行きましょうか」と南口から向かったのは、まさかの駅前交番。

小岩駅前交番

場所を聞いているようだ。駅からすぐの「三平」。すぐに到着。

三平@小岩

これは、初めて遭遇するタイプの町中華だ。キャラキターの絵が看板に描かれている。
名前も「三平」と素敵だ。
そういえば、半澤隊員、店名はわからないと言っていた。
町中華には名前がなくてもいいのだ。

さて、お次は「かっぱ」。ここは前から知っていた。スガレ系の中華をレポートしている人がいて、
その人が紹介していたのだ。
住所はわかっているので、スマホのマップで誘導してもらう。
商店街から道をそれ、こんなところにお店はあるのかというような住宅街を行くと、
忽然と現れる、「かっぱ」。

かっぱ@小岩

 看板には「中華軽食 かっぱ」とある。
なぜ、「かっぱ」という名前なのか気になる。
写真を撮っていると、通りかかった男性から
「何か探しているの?」と声をかけられる。
「あ、このお店を探していたんですけどね、見つかりました。ここおいしいですか」
「ああ、おいしいよ。昨日もきた」
年格好では僕より10くらい上だろうか。
と、自転車でやってくるお客さんもいて、けっこう繁盛店のようだ。

とここで、誰からともなく、せっかく3人いるので、
今回は3店それぞれ1人で行くのはどうだろうということになった。
もう一軒くらいあるだろう。

駅前から続く商店街へ戻って歩く。
ここはアーケードになっていて日差しを遮ってくれる。
日傘をすぼめて歩く。

と、半澤と増山が声をあげた。が、すぐに落胆。

麗華@閉店

 良さそうな町中華の「麗華」だが、不動産会社の貼り紙が見えた。
もう営業していないようだ。

少し歩くと、自転車にのっていた中年女性が近づいてきて、
「あんたたち、さっき写真撮ってたでしょ、何撮ってたの?」
詰問調だ。怒られるのか。
「素敵なお店があったので、撮っていたんです」
と増山。
「あの、麗華って閉店しちゃったんですか?」
と僕が聞いてみた。
「ええ、そうね。閉めちゃったみたい」
と、ここで半澤が気づいた。
「撮影なら、もっと向こうでやってましたよ」
と婦人に告げている。あー、このご婦人、芸能人かなにかを僕たちがカメラを向けて撮っていたんだと勘違いしていたのだ。半澤が言うように、テレビのクルーらしき人たちが商店街の入口付近にいた。
MCT活動の最中にはいろいろなことがあるね。

また、脇道にそれたところに何軒か店がある。居酒屋で、昼はやっていないようだが、
そのもっと先にアサヒビール提供の看板を発見。
近づいてみよう。中華の文字が見える。
河井@小岩
「河井」。いい店名だ。が、一気に落胆する3人。火曜日、つまり今日が定休日のようだ。
かなりの実力派のように思える。ここは、また来たい。

再び商店街に戻ると、すぐにあった。

ニュー大龍@小岩

こちらも個性的な店舗ファサードだ。店名の「ニュー大龍」というのもいい。
「居酒屋風 中華屋」
というサブタイトルにここの店の特徴が出ているような気がする。

さて、ここで協議。
誰がどこへ行くか。

半澤が、「『かっぱ』はたどり着く自信がないので、マグロさんおねがいしますよ」
と言い。増山も頷くので、僕が「かっぱ」へ行くことになった。
うーむ、三平に行きたかったんだけどなぁ。
ま、いいか。
「私は三平が気になってます」
と増山。流れで半澤が「ニュー大龍」となった。

2人と別れて「かっぱ」へ向かう。

先日、買った日傘が役に立つがそれでも暑い。
これまでは普通の雨傘を日傘代わりにしてたんだけど、
先日、専用の日傘を買った。理由は、炎天下の中、散歩をしていたとき、
小便をしたくなったのだが、近くの公園のトイレに向かった。
しかし、暑さのせいで、漏らしてしまった。
最初は、ちょろちょろっと出ただけかと思ったが、
とめどなく出る。焦って走り出すも、すべてが出てしまった。
若いころは我慢できたけど、歳のせいか、全部出てしまった。
住宅街の路地で誰もいなかったのが幸いで、
公園まで行き、ズボンとパンツを洗った。
そんな苦い思いをし、直射日光の恐ろしさを知ったのだ。
日傘を持ちながらそんなことを思い出した。

と、向かっている途中にこんな店を見つけた。

辰巳家@小岩

これはいい。でもシャッターが閉まっているし、張り紙があるぞ。
ドキドキしながら近寄ってみる。

辰巳家

 お休みか。ホッ。ここも来てみたいなぁ。小岩は南口だけもいろいろな町中華があるね。

というわけで「かっぱ」到着。

かっぱ@小岩

炎天下の中、歩きまわったのでここは冷やし中華かな。
表の貼り紙を見ながら店内へ。
先客4名。

高齢のご夫婦で営業されているようだ。

4人掛けのテーブルが2つ。2人掛けのテーブルが1つ。
厨房を仕切るようにカウンター席。

奥の4人掛けのテーブルには常連らしき女性客。
カウンターに男性客が2人と、カウンター後ろにある2人掛けテーブルに男性客がひとり。

空いている4人掛けのテーブルを案内されたが、グループ客がきたら、
いやなのでカウンターのいちばん奥へ着席。

カウンターの客は2人が冷やし中華を食べている。旨そうだ。
が、すぐ隣の2人がけの席の男性が、たぶんチキンライスだろう、それも旨そうだ。
よく見れば、先ほど店の前で「昨日もきたよ」と言っていた男性だ。
今日もきたのか。声をかけていいものやら、迷う。

そしてメニューにも迷う。

「ダンナさん、何にします?」と厨房のご主人が声をかける。

「あうあう、どうしよう」と迷っていると、優しく「ゆっくり考えてください」とおっしゃる。

しばし考え中。やはり、先ほど店の前で「昨日もきたよ」という男性が食べているものにのっかろう。
ここはチキンライスに。いや、まてよ、見た目はチキンライスだけど、
ひょっとしたら、違うかもしれない。
ここは確実にいきたい。
厨房のご主人に「あれ、ください」と2人掛けのテーブルにかけている男性を指さした。
「ああ、チキンライスですね」
とのこと。チキンライスでよかったんだ。

さっき店に入るときのチラッと見えた女性客の姿はここからは見えないが、
声が聞こえる。店内のテレビを見ながら
「あらー、トルコで30人も亡くなったって、かわいそうね」
と女将さんに話しかけている。

店内にはこの女性客の声だけが響き渡り、他の男性客は黙々と食べている。

そして、カウンターのもうひとりの男性のラーメンができあがるも、
女将さん、体がうまく動かないようで、提供するのも大変そうだ。

再び、「こっちへ移ってもらえませんかね」と言われ、素直に従う。

テーブル席のほうが負担が少ないようだ。

あらためて、メニューを見た。
メニュー@かっぱ

ラーメン450円は安いな。さっきの男性客に提供されたラーメン、かなり良さそうだった。
他にもおいしそうなもの多数。

奥の席の女性が話しかけてきた?
この席からは対角線上になる。

「まだお若いでしょう、何年生まれですか?」
「33年生まれですね」
「いくつ?」
「えっと57歳です」

ややあって、
「私はね、昭和5年生まれですから」
ちょっと驚く。もっと若く見える。

「どこから、来られたの?」
「浅草からきました」
「へーっ、じゃあ、江戸っ子ですね」
「えぅ、ここも江戸でしょ」
「あなた、ここは江戸っても端っこ。小岩村だし」ちょっと間があり、
「あなた、元々は違う場所で生まれたんでしょ」
とおっしゃる。鋭い。
「はい、生まれたのは山口県です」

そんなことを言っているうちに注文したチキンライスが到着。

チキンライス@かっぱ

「写真撮ってもいいですか?」
「え、なに?」
「カメラで撮っていいですか?」
とデジカメを見せる。
ついでに、女将さんにカメラを向けると、ちょっとおどけた表情をしてくれた。
でも、シャッターは切らなかった。
そして、チキンライスを撮影。

「私はね、昭和9年生まれなんですよ」
と女将さん。
「ああ、僕の母親といっしょですよ」
そう言うと、なんだかとても複雑な表情になった。

「ここは商売されて何年くらいですか?」
「もう50年以上ですよ」

女将さんはそう言うと、厨房へ。

チキンライスを撮影し続ける僕に女性客は
「それは特別なカメラでしょう?」
コンパクトカメラを見てそう言う。
「普通のデジカメですよ」
と答える僕。
「歩いてきたんですか」
「電車できましたよ。もっと涼しいと歩くのもいいんですけどね」
「お知り合いをたずねてこられたの?」
「いや、こちらのお店に来るのが目的でやってきました」

ここで、スープを女将さんが「熱いですから気をつけて」と持ってきた。

チキンライス@かっぱ

「何年生まれですか」と女将さん。
「昭和33年生まれですよ」
「で、いくつ?」
「57歳です」
「若いわよねぇ。見た感じ、お髭なんかのかんじからするとあれだけど、若いわよ」
もっと老けて見えるということだろうか。
「35年にね、私子供ができたんですけどね、すぐに死んじゃったの」
僕を見て、思い出したように言った女将さん。35年というと僕の弟といっしょだ。
「生きているとね、いろいろなことがあるわね」
となんとも重い言葉をさらりとおっしゃる。

「なんで、かっぱっていう名前なんですか?」
「それは、主人が修行していた先でね、独立するという話をしたら、そこの大将が『店の名前にしなくてもいいから、なにか河童の置物とか、河童に関するものが店にあると、客が絶えないよ』って言われたんで、それをそのままお店の名前にしたのよ」
「いい名前ですよね。僕は浅草のかっぱ橋から来たんですよ」
「あー、私たちもこういう商売だから時々、かっぱ橋へは行くんですよ、で、領収書をもらう時にかっぱっていうと、『あら、まあ』って驚かれるのよ」

「ここは、創業というか、商売を始められたのはいつです?」
「昭和34年なんですよ、私が24のとき」
知ってるよ、母親と同じ年令だからね。

奥の女性客が
「写真が趣味なんですか?」
「はい。好きで撮ってますね」
「おたくは何年生まれ?」
「33年生まれです」
「おいくつ?」
「57歳になりましたね」
「歩いてきたの」
「いえ、電車ですよ」

何度もループする質問もなんだか楽しい。
こんな話をしながらスプーンを入れたチキンライス、
見た目ほど味は濃くない。べったりしているが、あまり味がしない。

キャベツの千切りにマヨネーズ。
薄味のチキンライスだから、マヨネーズの味が強く感じる。
スープもけっこう薄味だ。

ただ、鶏肉は小さくカットされたものがたくさん入っている。

冷やし中華の男性客が会計をして出て行く。

チキンライスの男性客がお会計をするとき
「ここのお店、おいしいと教えてくれてありがとうございました」
「ああ」とこちらを認め、さらに
「あとのお二人は?」
「別の店へ行きました」
会計をして男性が出て行くと、
女性客、女将から同時に質問が飛んでくる。
「あの方、お知り合い?」
「知り合いじゃ、ないです。さっきお店の前でここはおいしいと教えてくれたんです」
女性客が聞く。
「あなたは、こうやって、食べ歩いて、それが道楽なの?」
「まあ、そう言われればそうですけど」
「まだお若いから働いてらっしゃるんでしょ?」
「はい。モノカキですよ」
「写真が仕事?」と奥の女性客。
「絵を描いてらっしゃるの?」と女将さん。
厨房の奥からご主人が
「物書きだよ、物書き」
奥の女性客が
「小説?」
女将さんが
「そういえば、あの芸人さん」
「芥川賞のね?」
「あの人も変わってるわね。でも、大変なことね、芥川賞」
「ダンナさん、芥川賞は?」
「はい、とれるようにがんばります」

一瞬の沈黙の後、奥の女性客が
「何年生まれですか」
「33年です」
「おいくつなの?」
「57歳ですね」
「生まれたのは?」
「山口県です」
と、ここで、
「ああ、そうだったわね。私もこうやって、夕涼みさせてもらったやって。。あら、やだわ、夕方じゃないのに」
と笑った。

ラーメンの男性が会計。
「どちらから」
と女将さんが男性に聞いている。
30代くらい男性客は「北小岩です」と言った。
「京成線のほうね。暑いから気をつけて」
と送り出す。

僕も会計をした。会計はご主人がおこなっているようで、
千円札を渡すと400円の釣りをくれた。

外に出ると、うだるような暑さ。
そうか、前の東京オリンピックの少し前に創業したのか。
次の東京オリンピックはどうだろうか、
などと考えながら歩いていると、
涙がポロポロこぼれてきた。
暑さのせいで、小便が止まらないように
涙がポロポロ出てくる。
町中華は劇場だ。

[隊員による追記]
リフレインされ、たゆたう会話。
浮かび上がってくる店の歴史。
今日も明日も続いていく日常。
ひとりでいったからこその時間。
泣けてきたか。
何かが琴線に触れたってことだよね。
なんだろね。(北尾トロ)

ABOUT ME
下関マグロ
下関マグロ(しものせき・まぐろ) 1958年、山口県下関市生まれ。桃山学院大学卒業後、出版社勤務を経てフリーに。北尾トロ、竜超と共著で『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(角川文庫)。CSテレ朝チャンネル『ぶらぶら町中華』にトロと出演中。