このところ珍しくお金が貰える仕事で忙しく、探検隊にも久々の参加なのでありました。とはいえ、その間ただボーッとしていたわけではなく、「町中華とはなんぞや?」的なことをずっと考え続けてはいた。
過去の探検を通して思ったことは、「町中華に美味を求めるのは間違いだ」ということであった。もちろん「味の良い町中華」もあることはあるが、それは多分「あったらラッキー」の域。町中華とは「絶滅危惧種としてのはかなさ」を味わい、「風前の灯ならではのハラハラ感」を堪能するものなのだろう、という結論に至ったのであった。
そんなことを思いつつ出かけた8日7日(金)の渋谷は、熱せられた中華鍋のごとき殺人的猛暑なのでありました。そもそも渋谷は「街」であるのだから、果たして町中華が存在するのだろうか? なんて疑問もムクムクと湧き上がっていたりして。
やがて、待ち合わせ場所であるハチ公前に下関、半澤、竜、濱津、そして初参加の中西隊員が集まった。通常ならば皆で何軒か見て回りながら入る店を探すところだが、この暑さの中でそれをやると生命の危機をおぼえるので、下関隊員推薦の一店に直行することにした。
聞けばそこは、ボクが恵比寿に住んで渋谷で働いていた時分、毎日のように通っていた道なのだが、「はて、あの道に町中華なんてあったかしらん?」と首をかしげるような感じ。しかし、ある意味でそれは町中華にとって王道的なのだという。言われなければ存在に気づかないくらい町に溶け込んで、はじめて町中華と言えるのだそうだ。
お目当ての店「仙台や」は、かつてのボクの通勤路に確かにあった。昨日や今日できた店ではない佇まいだから、確かにボクは見ていたはずなのである。しかし記憶にない。う~~む、なんかキツネにつままれたみたいな気分。ひょっとしたら化かされているのか?
化かされ気分は店に入ってからも続いた。こちらの読みを「仙台や」はことごとく裏切っていくのだ。たいした量ではないだろうとタカをくくり、隊員数の1・5倍見当のオーダーをしたら、どのメニューも一般的な量の1・5倍くらいもありやがんの。つまり、ボクは「1・5×1・5=2・25」という、ちょっとした宴会コース並の量を頼んでしまったのでした。
そして味なのですが……う、う、うんま~~い! 複数回の苦い経験を経てようやっと「町中華に美味を求めるべからず」という悟りに到達できたというのに、え~い、どこまでボクを化かし続ければ気が済むのだ!
ちなみにボクは「酢豚定食」をオーダーしたのだが、肉が一般的な酢豚の倍以上も入っていて、しかも揚げ具合が絶妙なカリカリ感! うめえうめえとガッついてしまったのだが、後で向かい側に座っていた半澤隊員から「あまりにも鬼気迫る食べっぷりだったので、一口くださいと言い出せませんでした」と言われてしまった。うひゃ!
その半澤隊員が頼んだのは中華丼ならぬ「中国丼」。いや、中華丼はちゃんとあるのよ。それとは別に、中国丼。どんなもんが来るのか興味津々で待ってたら、運ばれてきたのはマンホールのフタぐらいありそうな大皿で、そこにモヤシやら肉やらのあんかけがドバっと。丼というくらいだから、その下には飯がたっぷり盛られているんだろうが、外側から目視はできない。
さいわい今日は、ボク以上の大食いとの評判の高い中西隊員がいたので良かったが、もしいなかったらどうなったことか……。最大の難関はやっぱり中国丼で、食べても食べても減る気配がない。なんというか、引き揚げ船の港を求めて中国大陸をさまよっているような気分になってくるのだ。……はっ、そうか! だから「中国丼」なのか!?
皿を回しながら大皿料理を腹に収めていく探検隊一同。因縁の中国丼ともようやく決着がつき、ボクらは再び酷暑の店外へ出た。腹はかなりのパンパン状態で、翌日の晩までボクは、飯らしい飯を食う気にならなかった。
あれだけの量なのに、勘定は5等分すれば一人あたま1200円もしないのだから、コスパも申し分なし。タイムスリップできるなら、オフクロから「どれだけ食うつもりか! 腹も身のうちだ」としょっちゅう叱られていた中高時代の自分を連れてきてやりたい店である。
「町中華に美味は求めまい」と一度は誓ったボクだったが、「仙台や」に行ったことで「やっぱ求めようかしらん」と、またぞろ思い始めてしまった。あ~、ボクの町中華道はまだまだ迷走しそうだなぁ。
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