その店には看板がない。
どこかにあるだろうと目を凝らしてもないのだ。
手がかりすらどこにもないので、
馴染みでなければ名前を知らないまま入店することになる。
待ち合わせには不向きだ。
特徴がなさすぎるのである。
えーと、三鷹駅の南口、商店街をずっと歩いて、
そうだな500メートル、もっとか、不安になるくらい歩いたとこの右側に
セブンがあって、その手前の角のところ。
要領を得ない説明になる。
のれんの上に、かつては看板があったのだろうが
サビが浮いてて、放ったらかしにされていることがわかる。
まあ、角の店、とでもしておこう。
サンプルケースもじつにそっけない。
お辞儀してもらってもなあ。
これは意を決して入る感じになるよ。
ではどうして看板がないままでいられるのか。
じつはここに町中華の町中華たる所以があると思う。
この店は地元在住の一人客で成り立っているのだ。
ぶらっと三鷹にやってきた人をあてにしない。
地元一人客はひとりなもんで、店名を口にする必要がない。
腹減ったからあそこ行くか、でいい。
角の中華行くか、でいいのである。
町中華に連れ立っていく、それも家の近所で、というケースはそんなに多くない。
ぼくが「町中華」ということばを気に入っていながら、
10年近くもそれを人前で口にしなかったのも、ひとりで行っていたからだ。
2014年初頭、高円寺「大陸」前を通りがかり、閉店を知ったショックから
一緒にいた下関マグロに「町中華は消えていくね」というようなことを
言ったのがたぶん最初である。
だからこそ、マグロが「町中華ってなんだ?」と反応し、
結果、今日の活動が始まったわけだ。
角の中華へは1年くらい前に一度来たことがあった。
そのとき、帰り際、なぜ看板を出さないのか店主に尋ねたらこう言われた。
「何年か前の台風で飛ばされちゃって、付け替えようかと思ったんだけど、
看板は高いし、そのままになってしまった。でも、それで困るってことはないよ」
店の名前は「一番」である。
一番は味が濃い。
五目かた焼きそばを頼んだら、水のおかわりが二回も必要であった。
写ってないが餃子も食べた。
にんにくが強い。
創業以来41年の味である。
70年代なかばの味つけ、と言ってもいいだろう。
看板のない店は始めてではなく、町中華らしいアバウトさがにじみでている。
取材をしたいと思い、帰り際に申し出た。
「いやいや、うちはいいよ」
そう言うと思った。
興味ないんだよ取材なんか。
だけどさ、その壁を突破して、
こういう店もあるんだってことを知らせたいじゃないか。
それで、1年前に来たこととか、看板がない理由をしってるとか
粘っているうちに、おやじさんが思い出してくれたみたいで
「そんなに言うならいいよ」
OKが出た。そういうもんだよ町中華。
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