春なのに、半澤はせつなさ全開@要町「蓬莱」

3月17日金曜日
MCT要町アタックは
トロ隊長、マグロ隊員、吉岡隊員、本橋隊員、と私半澤。
ひさびさに5人もそろい探検隊感があり、高揚!
町中華探検隊にとって実は要町アタックは2度め
以前、マグロ隊員と2人でお盆のど真ん中、汗かきかき攻めたことがある。
その時のブログはこちら

それから1年半、ずっと私の心のすみに引っかかっていた店があった。
その名は「蓬莱」
前回は残念ながらお休みで入ることができなかったが
後日ネットで調べたところ、激安店として有名らしい。
何より年季の入った外観に惚れ、完全にこの店をターゲットにしぼり
要町開催を進言させてもらった。

ほかに回った店はトロ隊長がすでに書いているので
http://machichuka.com/

こちらを見ていただくとして
私は蓬莱について、書かせていただく。

外観はこちら。
1本裏道に入るが要町駅からも近く、山手通りも目と鼻の先の好立地にある。
最初に訪れたときは白地に味のある書体、漆黒で書かれた看板にしびれたが
残念ながらシャッターが閉まっていた。
が、この日は営業中。赤のれんがしっかりかけられており、
店前に止められた自転車も昔懐かしい雰囲気を高めるのに一役買っていた。
最初から決めていたとはいえ、もうここに入るしかないっすと息巻く半澤。
マグロ隊員と本橋隊員も蓬莱に、という話になりほか店舗を回った後、蓬莱に向かうこととなった。

入り口にてパシャリ。
そう、これこれ、ホワイトボードに書かれた「サービス定食」550円がほかのネットにあがっているのを目にしてぜひとも体験しておきたかったのだ。
驚いたのはこの金額をさらに下回る定食「アジフライ定食」500円が存在すること。
店先で、隊員3名とも盛り上がり、やいのやいのという感じだったのだけど……

直後
入り口の木戸を開けた本橋隊員が、ギギッと再び戸を引き
困った顔でこう呟く
「3人はムリですって」
なんとまさかの入店拒否。
確かにアイドルタイムともいえる時間帯だったので
お店はおやすみモードだったのかもしれない。
が、ネット情報によると通し営業なんだけどなあ(まあネットの情報ほどあてにならないものもないですが)

まあ、ここはこの店を狙ってきた半澤くんがいっておくれと
隊員二人の優しい言葉に背を押され、私は一人木戸に手をかけることとなった。

「あの1人なら大丈夫ですか」
「え?」
断った直後客が入ってきたものだから戸惑う店員
「あの1人なんですが」
としつこく食らいつくと、やっと料理を作ってくれそうなモードに突入も、場はピリついたままだ。
「あの、サービス定食を」
「え、何?」
「あの、サービス定食一つお願いします」
「あ、唐揚げね」
前述のホワイトボードのくだりであげた
店の看板メニューと思しきサービス定食を頼んだのに、ピンとこない感じなのはなぜだろう。
店内はテレビがついていたが、テレビの音がかえってこの殺伐とした雰囲気に拍車をかけ、私は壁にかけられたメニューをぼんやり眺めるほかなかった。

それでも厨房に入ってからはサクサクと料理が作られてゆく。冷奴になる豆腐を切るところから始まり、目玉焼きは時間をかけサニーサイドアップ。そして唐揚げが一つ一つ油で揚げられる様を、ゆったりと見られた。カウンターは厨房の目の前。劇場型町中華。
料理が少しずつできてゆく。
唐揚げが揚がる音が心地よい。
うれしかったのは丼と味噌汁のフタ。旅館か、ちょっといい料理やみたい。なんか得した気分。
そして味も美味しかった。
これで550円てなんてことだ!

と。まあ普通であれば美味しかったですよ、安かったですよと、いうところでレポートも終わるのだが、今回はそうはいかない。
「写真撮っていいですか」という私のいらん質問で
店員との間に再び亀裂が。
「あ、いいですよ」
と、一言いった後、iPadをうれしそうに広げ写真を撮る私の姿が奇異に映ったのだろうか
彼はこう続けたのだ。
「写真なんて、撮ったって意味ないよ。どうせこの店なくなるんだから」
「え、どういうことですか?」
「どうせ売っぱらって、あれだよ駐車場かなんかになんだから」
「はあ」
と私が力なくいったのは、まあ唐揚げを頬張ることに夢中だからだが、彼の言葉に二の句が継げないこともまた事実であった。沈黙。店員の兄さんは私の方には目もくれず、冷蔵庫を見やったまま押し黙ってしまった。テレビでは宮根誠司が実に機嫌よく、国政に文句をいっていて、その声が店に響くばかりであった。

そんなやり取りのあと、あらためて壁に貼られたメニューを眺める。

緑の紙に白文字で、一字一字丁寧に書かれた料理の名前。
お、ドライカレーとは珍しい、最安はヤサイ炒め定食450円か、マジかよ。
などと考えると切なくなった。悲しくなった。
このメニューを書いたのは、今さっき料理を作ってくれた店員ではない。
本当の、ここの店主だ。蓬莱の店主だ。
得意料理、客にせがまれてメニューに組み込んだもの、集客のためと思い赤字覚悟で出した激安定食、店主の思いの丈がそこにはあった。
そしてその思いと、現状の店とは残念ながらかなり乖離があった。

帰り際店員に聞く。
「本当になくなってしまうんですか」
「いやそりゃ、むりだよ。俺バイトだもの。店主は2回救急車で運ばれてんだ。駐車場になるしかねえんじゃねえの」

邪推ながら、ほんとうに勝手な思い込みながら
この店員のお兄さんは店主の息子さんか、近親縁者じゃないかと思った。じゃないとこんな言い方はしないだろう。
蓬莱は本当近々なくなるだろう。
どういう理由であれバイトが回しているだけの状態だ。
だが、この日見た力強い筆致のメニューと
550円と激安の定食は忘れ得ぬものであることに変わりない。
「何年くらいこちらでやっているんですか」「なんでこういうお店の名前になったんですか」
普段の町中華探検隊であればスラッと聞ける質問がついに最後まで聞けなかった。

油流しは近所の「デミアン」という店にいった。
僕が一番乗りだった。
ほかの隊員がくるまで一頻り、店主と話していた。
蓬莱でうまく店の人と話せなかったからかも知れない。
デミアンはジャズを聞かせてくれることで有名な店という。
が、その日はメンテナンス中でターンテーブルが稼働することはなかった。
ブレンドといって頼むと、深煎りか浅煎り、どちらがいいか聞かれた。僕は深煎りを頼んだ。
「あのう、あそこにある蓬莱さんって随分古いですよね」
「そうですね、古いですね」
深煎りなのに思ったよりも薄いブレンドコーヒーで油を流しながら、僕は近い将来駐車場になるだろう蓬莱のことを考えていた。

ABOUT ME
半澤則吉
半澤則吉(はんざわ・のりよし) 1983年、福島県二本松市生まれ。学習院大学卒業後、印刷会社勤務を経てフリーライターに。人・食・物・旅についてあらゆる媒体で執筆する。朝ドラを中心にドラマ記事を書く朝ドラ批評家、ドラマライターでもある。